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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)3165号 判決 1967年7月25日

控訴人(被告) 運輸大臣

訴訟代理人 上野国夫 外六名

被控訴人(原告) 群馬中央バス株式会社

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、第一次的に、「原判決を取り消す。被控訴人の訴を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、第二次的に、主文同旨の判決を求めた。

被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に記載するほか、すべて原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決一〇枚目―記録二五丁―表四行目および一七枚目―記録三二丁―裏四行目に「西武鉄道株式会社」とあるのは、「西武自動車株式会社」の、同二六枚目―記録四一丁―表一〇行目に、「一人当り平均乗車率」とあるのは「一人当り平均乗車粁」の、同二七枚目―記録四二丁―表六行目に「草津」とあるは「長野原」の各誤記と認められるから、そのように訂正する)。

(事実関係)

一、控訴代理人は、本案前の抗弁として、本訴は次のような理由で訴訟要件を欠くものであるから、不適法であつて、却下さるべきであると述べた。

(一)  出訴期間の徒過について

控訴人は、被控訴人の本件免許申請に対し昭和三六年六月七日付で却下処分をなし、遅くとも同月九日頃までに被控訴人に対し口頭でその旨を通知した。もつとも、控訴人がその処分書を被控訴人に交付したのは同年九月九日であるが、右処分は要式行為ではないから書面による通知によらずとも相当な方法により相手方に告知すれば効力を生ずるものであり、したがつて右口頭の通知によりその効力を生じたものというべきである。このことは被控訴人が本件免許申請に対する却下処分が効力を生じたことを前提として、その処分理由で指摘された申請の不備に検討修正を加えた上、同年八月五日付でほぼ同一の路線について新たに同種の免許申請を行ない、また本件却下処分と同日付で免許を受け、本件却下の口頭通知と同時にその旨の通知を受けた別件申請にかかる前橋市内路線について、その処分書の交付以前である六月二二日付で、免許処分の効力が発生したことを前提として事業計画変更の認可申請を行ない、さらに昭和三六年六月一四日付で免許処分のあつた別件申請にかかる路線についてはその処分書の交付以前である同年七月一日から運輸を開始し、同月七日付でその届出をなしていること等の諸事実に徴しても明らかである。

しかして、行政事件訴訟特例法五条は、行政処分の取消を求める訴はその処分のあつたことを知つた日から六ケ月以内に提起すべき旨を定めているので、被控訴人は、前叙のとおり本件却下処分の通知を受けて同処分のあつたことを知つた日から右出訴期間内に本訴を提起すべきであるのに、右期間を徒過し、同年一二月二八日に至つてこれを提起するに至つたものであるから本訴は不適法である。

(二)  訴願期間の徒過について

道路運送法一二一条は、同法四条一項等の規定による処分の取消の訴は当該処分についての異議申立又は審査請求に対する決定又は裁決を経た後でなければ提起することができない旨を定め、訴願法八条は行政処分を受けた後六〇日を経過したときはその処分に対し訴願することができないものと定めているので、被控訴人は、前叙のとおり口頭により本件却下処分の通知を受けた昭和三六年六月九日から六〇日の期間内に訴願を提起すべきであり、仮りに、右処分の効力が処分書の交付のときから生ずるものとしても、交付の日である同年九月九日から右訴願期間内に訴願を提起すべきものであつたのに、これをしなかつたものであるから、本件却下処分は同年八月八日、あるいは遅くとも同年一一月八日訴願期間の経過とともに確定し、もはやその効力を争うことは許されなくなつたのである。しかるに、本訴はその後同年一二月二八日になつて提起されたものであるから不適法である。

(三)  訴願前置手続の欠缺について

(1) およそ、行政事件訴訟特例法において訴願前置主義を採用しているゆえんは一般に訴願手続が司法手続に較べて簡易であり、かつ迅速に処理されるところから国民の権利の救済のためより利益であることのほか、行政庁の処分につき直接司法権を介入させることなく、行政部内における自己統制の機会を与えることによつて行政処分の適正を確保させると共に、あわせて司法権の負担軽減を図るという三つの目的に基づくものと考えられ、行政事件訴訟法において、原則的には訴願前置主義を廃止しつつも、特に処分の性質上行政権の自己統制の必要ある処分、すなわち大量的に行なわれる処分であつて行政統制を図る必要のあるもの、専門的技術的な処分で司法審査の前には行政部内でさらに慎重な再検討の必要があるもの、あるいは裁決が第三者的機関によつてなされることになつていて行政救済の意義が特に大きいもの等の処分については、個別的に法律で訴願前置の手続によるべきことを定めているのであつて、かかる現行法の立前から見ても、本件却下処分に対する訴の提起については行政事件訴訟特例法の下では訴願前置主義が厳格に適用されねばならなかつたのである。それゆえ、単に処分庁が最上級の行政庁であり、第三者的機関の審議を経た慎重な手続によつてなされた故をもつて訴願を提起することが無意味であるとし、これをもつて直ちに同法二条但書にいう「正当な事由」があると解することは、右訴願前置主義の目的の一つである行政権の自己統制の機能を全く考慮に入れない不当な見解というべきである。けだし、本件却下処分についていうならば、もし被控訴人より訴願が提起されておれば、控訴人は運輸省設置法六条一項一二号の規定により運輸審議会に諮問することになり、運輸審議会においては再度公聴会を開く等、さらに慎重な審理を経て答申を行ない、控訴人はこの答申を尊重して当該処分につき再度の考案を行なつた筈であり、仮りに運輸審議会の本件審理手続および控訴人の本件処分手続に瑕疵があつたとしてもその機会に十分これを治癒しえたものと考えられるのであつて、右訴願の提起は決して意味のないものではないからである。

(2) つぎに行政事件訴訟特例法二条但書は「正当な事由」がある場合には、訴願の裁決を経ることなく直ちに出訴しうることを定めているが、その趣旨は訴願の提起までも経なくてよいとするものでないと解すべきである。けだし、訴願の提起があれば、行政庁に自己統制の機会が一応与えられるので、訴願前置主義の趣旨に反しないが、それすらないとなると全くその機会を奪うことになり、右趣旨に著しく反することになるからである。本件では訴願自体が提起されていないのであるから同法二条但書の適用を受けられないものである。

もつとも、訴願の提起を求めることを不相当とするような特別の事由のあるときには、訴願の提起なくして出訴しうることが考えられる。しかしその場合は、原則として、未だ処分の効力が確定しない以前、換言すれば法定の訴願期間内に訴願の提起にかえて直ちに出訴することが許されるにすぎず、訴願期間経過後の出訴が認められるのは極めて特殊な事由のある場合に限られるものと解すべきであり、本件において、かかる意味合いにおける「正当な事由」はない。

二、被控訴代理人は控訴人の本案前の抗弁に対し、次のとおり述べた。

(一)  本件免許申請に対する行政庁の処分に不服のある者は訴願することができ、右訴願は文書をもつて提起することを要し、訴願書には不服の要点、理由、要求等を記載しなければならないから、これによる権利保護救済を全うさせるためには、処分が正当な権限を有する者によつてなされたことおよび処分の理由、内容等を最も正確に処分を受ける者に知らせることを要するところ、それには文書の形式によるのが最善であるから、控訴人が本件処分を文書によつて表示し、これを被控訴人に送達したのは当然の措置である。そうして当該行政処分が要式行為であると否とを問わず、これが文書によつて表示されたときは、文書の作成によつて行政行為は成立し、その到達によつて効力が生ずるものであるから、本件却下処分の効力が生じたのは処分書が被控訴人に到達した昭和三六年九月九日である。したがつて同日が行政事件訴訟特例法五条に定める出訴期間の起算日であつて、本訴は右出訴期間内に提起されているから適法である。

なお、被控訴人が控訴人主張のとおり本件却下処分で指摘された点を修正して同一路線につき新たな免許申請をした事実は認めるが、右は同路線に対する県民の強い要望に応える必要から、免許を得る方便として控訴人の意向に迎合してとつた措置にすぎず、本件却下処分が口頭の通知により効力を生じたことを認めた趣旨ではない。

(二)  行政事件訴訟特例法二条但書の「正当な事由」のあるときは訴願の提起をも必要としないものと解すべきである。したがつて訴願期日の徒過の問題も当然生ずる余地はない。控訴人の(二)(三)の主張はいずれも失当である。

三、控訴代理人は、本案の主張のうち、従来被控訴人の申請路線の所要時間として、前橋(新前橋)から草津までは二二〇分、高崎から草津までは二〇五分と主張していた点(原判決二〇枚目―記録三五丁―表一および二行目)を前橋から草津までは二二五分、高崎から草津までは二〇〇分と改めると述べた。

(証拠関係)<省略>

理由

第一、まず本訴の適否について判断する。

一、控訴人は、本訴は行政事件訴訟特例法五条一項に定める出訴期間を徒過して提起されたものであり、不適法である旨主張するので検討する。

被控訴人が控訴人に対し、昭和三一年六月一三日付で既免許の太田市より伊勢崎市、前橋市を経て高崎市に至る路線を延長し、榛名町、吾妻町、長野原町を経て草津町に至る間を運行する一般乗合旅客自動車運送事業の免許を申請(以下本件免許申請という)したところ、控訴人はこれに対し、昭和三六年六月七日付自旅第一、二一一号をもつて、右申請は道路運送法六条一項一号および五号に適合しないとの理由でこれを却下し(以下本件却下処分という)、同年九月九日その旨の処分書を被控訴人に送達したことは当事者間に争いがなく、被控訴人が本訴を提起したのは同年一二月二八日であることは本件記録上明らかである。

ところで、本訴の提起については行政事件訴訟法附則四条により行政事件訴訟特例法二条の例によることになるので、その出訴期間については同法五条の定めにしたがうこととなるが、右出訴期間が進行を開始するためには、当該処分の効力が発生していなければならないから、まず本件却下処分の効力がいて発生したかについて検討する。

本件免許申請に対する処分について、法は特に要式行為をもつてなすべき旨定めていないけれども、当裁判所は処分書の交付またはその送達によつて処分の効力が生ずるものと解するのが相当と考える。

けだし、本件のような免許申請に対する許否の判断は、道路運送法六条一項に定める各基準に適合するかどうかを審査して決定されるのであるが、右基準に関する規定は多義的で、その判断の対象は多岐に亘るものであるから処分書が交付または送達されなければ、申請者は処分内容を適確に了知できないのであり、また、処分につき不服のある者は、一定の期間内に、訴願をすることができるが(訴願法一条)、その訴願書には、不服の要点、理由、要求等を記載しなければならないのであるから(同法六条)、右の申立をなすにあたつては、処分の内容、理由を適確に了知していなければならないからである。ところで、

前記当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第五三ないし第五八号証の各一、二、同第五九号証、乙第四一、第四二号証の各一、および当審証人中塚恵大、同須藤尚の各証言によると、控訴人は、一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請に関する処分については、認容あるいは却下のいずれの場合も処分の結果を運輸省自動車局、所轄陸運局を通じて申請者に電話で連絡しその後、更めて処分書を交付または送達していること、および本件においても、群馬県陸運事務所職員須藤尚は、昭和三六年六月九日被控訴人に対し運輸省自動車局から東京陸運局を通じて連絡された前記処分の結果を電話で通知した事実が認められる。かかる電話による通知は、申請が認容された場合には、直ちに運輸を開始する準備に着手することができるし、却下された場合には、事後の対策を講ずることができるのであるから、このような当局の取扱いを非議するにはあたらないけれども、電話による通知があつたというだけでは、処分の効力発生時期があいまいとなるおそれがあるのみならず、通知内容に齟齬なきを期しえないのであるから、右電話による通知は、あくまでも、便宜の措置であるにすぎず、法律上の効力を有するものではないと認むべきである。

そこで、本件についてみるに、被控訴人が控訴人から現実に本件却下処分に関する書面の送達を受けたのは昭和三六年九月九日であることは前示のとおりであるから、右処分の効力は同日発生したものということができる。

そうして、特段の事情の認められない本件においては、被控訴人は同日右処分のあつたことを知つたものと推認しうるから、本訴の出訴期間はその翌日である同年同月一〇日より進行を開始したものと認むべきである。

なお、被控訴人が控訴人主張のとおり本件却下処分後同一の路線について新たな免許申請をしたことは当事者間に争いのないところであるが、右新申請がなされているからといつて、当然、当時本件却下処分が効力を生じていたものと即断することはできず、また、被控訴人は控訴人より免許を受けた別件申請事案について処分書の交付以前に、処分の効力が発生したことを前提として、事業計画変更の認可申請を行ない、あるいは運輸を開始してその届出をなしているのであるから、被控訴人自身口頭の通知による処分の効力の発生を認めている旨の控訴人の主張は、当裁判所と異なる見解を前提とするものであつて、採用できない。

二、次に控訴人は、本訴は訴願前置の手続を経ずに提起されたものであつて不適法である旨主張し、被控訴人は本訴については行政事件訴訟特例法二条但書にいう「正当の事由」があるから適法である旨主張するので検討する。

当裁判所は本訴においては行政事件訴訟特例法二条但書にいう「正当な事由」があるものと認めるものであつて、この点に関する当裁判所の事実認定および判断は、原判決がその理由において判示しているところと同一であるからその記載(原判決六七枚目―記録八二丁―表二行目から七三枚目―記録八八丁―表二行目まで)を引用する(但し、原判決七〇枚目―記録八五丁―表三行目に「六月三日付」とあるのを「六月一三日付」と訂正し、同七一枚目―記録八六丁―表八行目「のみならず」から同丁裏七行目「とおりである。」までを削り、同七二枚目―記録八七丁―表一〇行目に「もつとも」とある次に「と」を挿入し、なお右引用にかかる原判決七三枚目―記録八八丁―表一行目「相当である」の次に、「しかして、行政事件訴訟特例法二条但書は「正当な事由」があるときは、訴願の裁決を経ないで訴を提起することができる旨規定しているが、ここに訴願の裁決を経ないとは、訴願の申立自体のない場合をも含む趣旨と解すべきことは、前叙同条の立法趣旨に照らして自ら明らかである。」と附加する。)。

三、更に、控訴人は、本訴は本件却下処分につき訴願を申し立てることなくして訴願期間を経過し、その後にいたり提起されたものであつて不適法である旨主張するので検討する。

訴願法八条が訴願期間として行政処分を受けた後六〇日を経過したときはその処分に対し訴願することができない旨定めているのは、単に上級行政庁に対する再審査の申立の許される期間を定めた趣旨であつて、右訴願期間が経過した後においても、行政事件訴訟特例法二条但書に所謂「正当な事由」のある場合には、同法五条に定める出訴期間内は、訴を提起して司法審査を求めうるものであり、このことは上来説示した訴願前置制度の趣旨に照らして明らかである。

してみれば、控訴人の右抗弁は理由がない。

四、以上のとおりであつて、本訴の提起については控訴人主張のような訴訟要件の欠缺はなく、適法なものと認められるから、控訴人の本案前の主張は採用することができない。

第二、そこで、次に本案について判断する。

被控訴人が昭和三一年六月一三日付をもつて、控訴人に対し道路運送法の規定に基づき、被控訴人主張の内容の一般乗合旅客自動車運送事業の免許の申請をなしたところ、控訴人はこれを受理して聴聞の手続を行ない、運輸審議会の答申をえた上、昭和三六年六月七日付自旅第一、二一一号をもつて、右免許申請は道路運送法六条一項一号および五号に適合しないとの理由で却下する旨の処分をなし、同年九月九日右処分書類を被控訴人に送達したことは、当事者間に争いのないところである。

そこで、本件却下処分について被控訴人が主張するような瑕疵が存するかどうかについて、以上順次判断する。

一、先ず、被控訴人は、本件却下処分は道路運送法六条一項一号および五号に定める免許基準の要件事実の認定を誤まり、同規定の適用を誤まつた違法がある旨主張するので検討する。

(一)、一般乗合旅客自動車運送事業は、国民大衆の日常生活ないし社会活動および国民経済の全般に亘つて欠くことのできない機能を有し、産業、経済、文化の進歩、発展に伴い、それが国家的、社会的に果している役割は、いよいよ重要の度を加えて来ているのであるから、右事業は、高度の公益性を有し、その経営は、直接社会公共の利益に関係するものというべきである。

それ故に、道路運送法は右事業の経営を企業者の任意に委ねず、右事業の経営を欲する者は運輸大臣の免許を受けるべきものと定め(同法四条)、運輸大臣が免許をしようとするときは、当該事業ならびにその事業の開始が同法に定める一定の免許基準に適合しているかどうかを審査しなければならないものとし(同法六条)、その審査手続については、陸運局長による聴聞の手続を設け(同法一二二条の二)、特に公平且つ合理的な決定をさせるため、当該申請事案を運輸審議会にはかり、運輸大臣はその決定を尊重して免許の許否を定めなければならないこととしている(運輸省設置法六条)。さらに、一般乗合自動車運送事業については、運輸約款(道路運送法一二条)、運賃(八条以下)を認可制とし、運輸の開始(七条)、運送の引受を義務づけ(一五五、一六条)、事業の休廃止を許可制とし(四一条)、なお、主務大臣は、一定の場合に、事業改善命令(三三条)、運送命令(三四条)を発することができるとする等積極的に事業の運営内容の一々について強い監督規制が加えられる反面、事業の安定性を確保するための考慮が払われている(三五条等)とともに、いわゆる公用負担特権(土地収用法三条九号)を付与されているのであつて、免許を受けた者の地位は、保障されているということができる。

ところで、古物営業、質屋営業その他単に公共の秩序維持のため一般には禁止されている営業を特定の場合に解除する、いわゆる警察許可事業を見るに、国はそれらの事業の経営内容に積極的に立ち入ることなく、また、事業の維持継続、廃止についても、積極的な関心を示さないのであつて、それらの営業の許可と自動車運送事業の免許との間には、顕著な差異が存し、その差異は本質的なものと認めざるを得ない。なお、一般乗合自動車運送事業は、専売事業のように国の財政収入面の考慮から、あるいは郵便、電信、電話事業のように公共性と企業設備の保持能力の見地から、国家の独占事業とされているものとは政策的に異なる取扱がなされているけれども、社会公共の福祉増進と国民生活の向上発展に直接にして緊密な関連を有するものとして、国は一般乗合旅客自動車運送事業を独占の一形態と認め、その免許の許否を運輸大臣の権限に属せしめたのである。すなわち右免許は免許を受けた者に対し、包括的な権利義務の関係を設定する形成的な行政行為であり、いわゆる公企業の特許たるの性質を有するものと解するのが相当である。

(二)、道路運送法六条一項は一般乗合旅客自動車運送事業の免許処分に関し、運輸大臣が同事業の免許をしようとするときは、同項一号ないし五号に掲げる一定の基準に適合するかどうかを審査しなければならないとし、同法六条の二は、同条一号ないし四号に掲げる一定の欠格事由に該当する場合には免許してはならない旨規定している。ところで、右六条一項の規定について考えるに、運輸大臣が審査した結果なすべき措置について特に定めていないけれども、さきに説示した一般乗合旅客自動車運送事業の法的性質ならびに右六条一項各号に定める基準の内容に鑑みると、運輸大臣は申請にかかる事業が右基準のすべてに適合し、且つ同法六条の二の欠格事由に該当しない場合でなければこれを免許することができず、右基準のいずれかに適合しないときは、申請を却下しなければならない趣旨を定めたものと解するのが相当である。

(三)、つぎに、右六条一項各号の免許基準に適合するかどうかの判断が運輸大臣の自由な裁量に委ねられている事項であるかどうかを考えるに、右各号の規定の文言は抽象的で一義的でなく、しかも、その判定は何が右規定の趣旨とするところに適合するかを、具体的事実関係に基づき、一定の客観的標準に照らして決せられるべきであるから、右基準に適合するか否かの裁量は、いわゆる覊束裁量に属するものと解すべきであり、したがつて、運輸大臣が右基準についての裁量を誤るときは、違法なものとして、司法審査の対象となるといわなければならない。

(四)、そこで、まず控訴人が本件免許申請について、同法六条一号の基準に適合しない旨判断した具体的理由の適否について考える。

被控訴人の本件申請にかかる路線計画が、群馬県中央部の太田、伊勢崎、前橋、高崎等の各都市と草津町を直結する意図に基づいていることは当事者間に争いのないところ、成立に争いのない甲第一号証の一の一ないし一〇によると、被控訴人の事業計画では高崎市と吾妻町の区間は榛名町および大戸の各駅以外は停車しないこととされていることが認められ、原審および当審における検証の結果によると、榛名町から吾妻町にいたる区間はいわゆる山間部であつて、人口、産業諸施設、学校等の集密の度合は群馬県中央部周辺と比較して明らかに低度であることが認められるところ、他方成立に争いのない甲第一号証の一の七によると、被控訴人自身も本件免許申請にあたり榛名町、倉渕村、吾妻町からの年間利用人員の合計を、四、七九九人として総推定利用人員九六、三五三人の約五%に充たないものと推定し、太田市については六、〇三二人(約六%)、伊勢崎市については一五、四〇二人(約一六%)、前橋市については三〇、九一八人(約三二%)、高崎市については二二、五五七人(約二三%)とそれぞれ推定していることが窺われるので、これらの事実よりすると、本件申請路線に期待される輸送需要の対象は、表面上その意図とされるものにかかわらず、主として群馬県の中央部の各都市から草津町およびその周辺(右地区が上信越高原国立公園の地域に属することは顕著な事実である。)に往復する長距離の旅客であり、しかもその中には東京方面からの観光客が相当部分を占めていると考えざるをえない。ところで右各都市から草津町に至る間には、本件免許申請当時控訴人主張のとおりの既設交通機関が運行していたことは被控訴人の明らかに争わないところであるから(一般社会事情に照らし、その輸送条件は本件却下処分時においても劣るものでないと考えて差支えない)、輸送需要量が既設交通機関の供給する輸送力では賄い切れない程多い等特段の事情のない限り、本件却下処分当時における申請路線の所要時間、運賃、道路状況等の輸送諸条件を旅客の選択が予想されるすべての既設交通機関における条件と総合的に比較して、これが優れている場合にはじめて、本件申請の「事業の開始が輸送需要に対し適切なものである」ということができるものと考える。けだし、安全、正確、迅速、快適という旅客輸送の特質はそのまま本件申請にかかる事業にも適用されるのであつて、前叙のとおり、これが長距離輸送を主眼とする場合においては、特に旅客は所要時間、運賃、快適度等の輸送条件を重視するものであることは経験則に照らして明らかであるから、これらの点において有利な輸送条件を提供しない交通機関はいきおい旅客の選択をえられず、企業の採算はとれなくなつて、結局該事業に期待される公益目的は達せられないことになるからである。

(1) 所要時間について

定期の旅客輸送において、迅速性のいかんは旅客の利益に関するところ極めて大であるから、所要時間が交通機関選択の要因をなすことは明らかである。

本件免許申請にかかる事業計画によると、太田と草津間の運行所要時間が五時間であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三二号証によると前橋と草津間の所要時間は三時間四五分、高崎と草津間の所要時間は三時間二〇分と計画されていることが認められ、また伊勢崎と草津間の所要時間についてはこれを適確に知りうる資料はないが、成立に争いのない甲第一号証の二の二によると、太田、草津間の粁程は一二七・二六粁、伊勢崎、草津間の粁程は一〇九・二六粁であり、申請路線の平均時速は右太田、草津間の粁程をその所要時間で除した二五・四五粁となるから、これに基づいて計算すると伊勢崎、草津間の所要時間は約四時間二〇分と計画されていたものと認められ、また成立に争いのない甲第一号証の一の一ないし一〇によると、申請にかかる運行時刻は、太田発六時三〇分、八時〇〇分、一一時〇〇分および一七時〇〇分と定められていたことが認められる。

ところで、成立に争いのない乙第一号証の二ないし六によると、本件免許申請当時、太田、伊勢崎、前橋、高崎の各都市から草津に赴くために、別表一記載のような既設交通機関を選択すれば、その所要時間は概ね別表二の(一)、(二)記載のとおりであることが認められる。してみれば申請路線を被控訴人主張の所要時間で運行できるものとしても(この点、原審における検証の結果によれば、申請路線の太田、草津間を四時間三五分で運行し、当審における検証の結果によれば同区間を四時間一四分で運行したことが認られるが、申請路線の道路は改修整備が急速に行なわれ、右各検証当時には著しく改善されていることは当事者間に争いのないところ、本件却下処分当時における道路状況と、その所要時間を適確に認めうる証拠はないから、被控訴人主張の所要時間が適正なものであるかどうかは、にわかに断じがたいのであるが)、これを既設交通機関を利用した場合に比較すると、太田初発の東武鉄道電車を利用した場合および高崎から草津に赴く場合の一部を除くほか、概ね申請路線を選択する方がより多くの時間を費すことが明らかであり、ただ前掲各証拠によると、太田より草津に赴くについて被控訴人の事業計画による太田六時三〇分発のバスを利用しうることの利点のほかは、既設交通機関を選択した方がより迅速に目的地に到達しうる利益のあることが認められる。そうして、一般に交通機関において、本件免許申請がなされた昭和三一年当時以降も利用者のため種々の便益が計られ、その所要時間は短縮される傾向を辿つていることは一般社会事情に照らして顕著な事実というべきであるから(なお、前掲乙第一号証の二と成立に争いのない同第八号証の二の各記載を対比すると、少なくとも国鉄長野原線に関しては所要時間は概ね短縮されていることが認められる)、以上認定した程度の所要時間の相違は本件却下処分当時においても存したものと推認するを妨げない。してみれば本件処分当時において、申請路線は、所要時間の点において既設交通機関を利用した場合に較べて相当劣るものであつたと認めざるをえない。この点に関し、被控訴人の提出した所要時間比較表(甲第三二号証)の記載内容は採用し難く、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 運賃について

(イ) 被控訴人の事業計画による本件申請路線の運賃が太田、伊勢崎、前橋、高崎と草津間において別表三の申請路線運賃欄に記載するとおりであることは当事者間に争いなく、同各区間を別表一記載の各既設交通機関を選択した場合における本件免許申請当時の所要運賃が別表三の既設交通機関運賃欄に記載するとおりであることは当事者間において争いのないところと認められる。そこで右各運賃を比較すると、太田、草津間以外はすべて申請路線の方が高額であることは計算上明らかである。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(ロ) 次に、申請路線の運賃が適正な基礎に基づいて設定されているものかどうかについて考える。

(a)、およそ運賃は運送業務の対価として企業保持の基礎をなすものであるから、能率的な経営の下における適正な原価を償い、且つ適正な利潤を含むものでなければならない(道路運送法八条二項)とともに、他方国民の経済生活に与える影響が極めて大きいことを考慮して合理的に定められなければならない。すなわち当該企業の保持は、単に事業者自身の問題たるにとどまらず公益的な利益に関する事柄であるから、企業の採算性を維持しえず、また他業者との不当競争を招くような低廉な運賃、あるいは利用者においてその選択を避けるような高額な運賃を定めた事業計画は、いずれも公益目的に沿わないものといわざるをえない。

(b)、それ故かような点を配慮して、運賃算定のため、予め運行原価を基礎とし、さらに乗車密度を勘案して一人一粁当りの賃率が策定されているのであつて、原則的にはこの賃率を輸送の実体に併せて定められた運賃区界(停留所)間の距離に乗ずることにより運賃額を確定しうるのであるが、実際の運賃設定にあたつては、その他輸送の実体(遠距離輸送・短距離輸送、ローカル輸送・都市内輸送の別等)、遠距離逓減制、山間割増制等の特例が考慮されなければならないから、しかく単純なものではない。しかし、これらの特例も、右賃率に基づいて算定された運賃を著しく変動させるものであつてはならないことは、賃率を策定する前叙の趣旨に照らして自から明らかである。

(c)、そこで、被控訴人が本件免許申請にあたり事業計画の一端として設定した運賃(以下設定運賃という)をみるに、成立に争いのない甲第一号証の二の二によると、右設定運賃は被控訴人が昭和三一年六月一三日付で運輸大臣に申請した運賃設定認可申請書に添付されている運賃表記載のとおりであつて、成立に争いのない甲第五号証によると、その算定は、太田より高崎までは当時被控訴人に認可されていた既免許路線の運賃を適用し、その他は本件申請当時の群馬地区のバス事業者に対する認可賃率である一粁あたり三円の割合に基づき、また榛名町より草津間の六五・五六粁は山間割増の特例を適用して三割の割増率を加算し、各粁程を基礎として算出したものといわれていることが認められる。しかしながら、例を太田と草津の区間にとつて設定運賃について検討するに、前掲運賃表によると右区間の運賃は二五〇円と算定されているが、その粁程は一二七・二六粁であることが認められるので、同粁程を基礎として前記認定賃率により計算すると(但し、右計算方法については一粁未満の端数はこれを一粁に切り上げ、運賃計算上生じた端数は五円、一〇円単位に切り上げ、又は切り下げる二捨三入制を採る。―乙第九号証の一、二〇九頁以下参照)、

3円×128(全粁程)+3円×0.3×66(山間割増)=443.4円≒445円

四四五円となるべきであり、また同じく伊勢崎と草津間の設定運賃は二一〇円であつて、その粁程は一〇九・二六粁、前橋と草津間の設定運賃は一九〇円であつて、その粁程は九三・二六粁、高崎と草津間の設定運賃は一六〇円であつて、その粁程は八一・二六粁であることが認められるので、右と同様の方法により計算すると、その各運賃は伊勢崎、草津間は三九〇円、前橋、草津間は三四〇円、高崎、草津間は三一〇円となるべきであることが計算上明らかにみとめられる。

そこで、遠距離区間について考慮されるべき運賃の逓減が適切になされているかどうかの点について考えてみるに、被控訴人が設定した運賃のうち、太田、高崎間の各停留所間については現行認可運賃を適用していることは前段認定のとおりであるから、同区間の運賃の逓減率は一応適正なものと推認しうるので、右区間について被控訴人が設定した運賃と前記の方法によつて算定した同区間の運賃を対比した結果と高崎、草津間の各停留所間の運賃を右と同様な方法で対比した結果を比較検討してみると、その逓減の方法が妥当になされたものであるかどうかを判断することができる。そこで、基点を太田、伊勢崎、前橋、高崎として草津までの各停留所間の運賃を前記方式により計算してみると、その結果は別表四の(一)ないし(四)の各運賃B欄記載のとおりとなることが明らかであるが、これを同表各運賃A欄に記載した被控訴人の設定した各運賃と対比し、さらにその差額を各基点から草津までの各停留所間について総合的に比較検討してみると、逓減の比率は榛名町、大戸間以遠において急激に増加していることが明らかであり、太田、草津間においては四四%、伊勢崎、草津間においては四六%、前橋、草津間においては四四%、高崎、草津間においては四八%に及んでいることが認められる。しかしながら、このような大巾な運賃の逓減は、前記本件申請路線中の現行認可運賃を適用している部分の運賃逓減率および成立に争いのない甲第四一号証の一、二、同第四二号証によつて認められる前橋、館林間五二・四〇粁の昭和三〇年一二月一三日付認可にかかる運賃の逓減率に照らして到底妥当なものとは考えられず、被控訴人が設定した運賃収入により運送原価を償い得るものかどうかは極めて疑わしいものといわなければならない。原審証人畑祥一の証言中以上の認定に反する部分は措信せず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

(ハ) してみれば、(イ)に判示したとおり、被控訴人の本件申請路線の運賃は、既設交通機関に較べて、太田、草津間を除き既に高額であるのみならず、(ロ)に判示したところから考えれば、被控訴人が申請路線について旅客に対し適切な役務を供給するに足りる企業の採算性を維持しようとするためには、遠距離逓減率を考慮しても申請にかかる運賃を根本的に是正しなければならないことになるのであるから、その結果を前記既設交通機関を選択した場合の運賃に比較すれば、その差異は太田、草津間においても、また、その他の前記区間においても相当程度の懸隔を生ずることが明らかである。もつとも、原審証人国友弘康の証言によれば、申請が免許基準に合うかどうかを審査するにあたつては、運賃は一の参考資料となるにとどまり、設定運賃が相当でないというだけで申請が却下された事例はないようであるが、同証言によつても、運賃の修正が可能である場合はともかく、右に見たように根本的に修正しなければならない本件のような場合にも、なお、設定運賃は参考資料にすぎないという趣旨かどうかを窺うことはできない。

なお、運賃は、事業の免許とは別個に、独立して認可の対象となるのであるが(道路運送法八条)、当該事業の開始が輸送需要に対し適切なものであるかどうかを判定するにあたつては、設定運賃のいかんもまた重要な点であることは疑なく、それがたやすく修正し難いような場合には、結局法六条一項一号の要件を充たさないこととなるものというべきである。

(3) 道路状況について

一般に、長距離区間の旅客が交通機関を選択するにあたつては、より快適で疲労度が少なく、しかも安全な方法を考慮することは、常識的にたやすく肯定しうることであるが、殊に交通機関が乗合自動車であるときは道路の状況、殊にその整備の程度のいかんが快適度、安全感を決定する重要な要素をなすものであることは経験則上明らかである。

成立に争いのない乙第二号証、昭和三七年四月三日当時の申請路線の写真であることが当事者間に争いのない同第三号証の一ないし四〇、原審および当審における各検証の結果ならびに弁論の全趣旨によると、申請路線は本件申請当時以後道路の改修整備工事が進捗し(この点は当事者間に争いがない)、却下処分当時はもとより原審および当審における各検証当時には著しく改善されていることが窺われるが、却下処分当時においてはなお相当区間が未舖装の砂利道であり、路面の凸凹の著しい箇所、道幅の狭隘な箇所、路肩の軟弱な箇所、落石のおそれある箇所、屈曲、急匂配、重量制限橋梁八ケ所(橋梁については当事者間に争いがない)があつたことが認められるが、これらの道路状況を総合して考えると、申請路線が前記既設交通機関、殊に一部国鉄列車を利用した場合に較べて快適度、疲労度および安全感において到底すぐれているものということはできず、殊に道路面が乾燥する夏期、寒冷、積雪の冬期においてはかなり顕著な差異があるものと推察され、これに反する証拠はない。

被控訴人は申請路線には群馬バス株式会社、東武鉄道株式会社および国鉄の乗合自動車が定期に運行しており、被控訴人についてのみ運行を不適当とするのは不合理であると主張するが、これらの乗合自動車は、いずれも主として短距離の旅客を需要の対象とする路線であることは被控訴人の主張自体によつて明らかであるから申請路線と同列に論ずることはできない。

(4) 輸送需要について

以上説示したとおり、本件申請路線に期待される輸送需要の対象は、主として群馬県中央部の各都市から草津町に赴く長距離の旅客(東京方面からの観光客を含む)と考えられるのであるが、既設交通機関の方が申請路線に較べて所要時間および運賃の点において相当程度有利であり、しかも快適度、安全感の上でもすぐれている事実を考慮すると、通常旅客は既設交通機関を選択するであろうことは、一般常識に照らしたやすく判断しうるところであり、果して申請路線に企業の採算性を維持するに足りる輸送需要が期待できるかどうかは極めて疑わしいものといわざるをえない。もつとも申請路線を利用すれば、太田、伊勢崎、高崎、前橋等から草津に赴く乗客にとつて、乗換えの不便がないことは明らかであるが、この便宜といえども、前記の諸条件を総合的に判断して既設交通機関が優位であることに鑑みれば、さして輸送需要を増加せしめるに足りる理由になるものとは考えられず、殊に成立に争いのない乙第八号証の二によると、本件却下処分当時長野原まで高崎発三本、小山、上野発各一本の直通列車が運行し、長野原で直ちに草津行の国鉄バスに接続していることが認められるので、これを利用すれば前橋、高崎からは唯一回の乗換えで足りることになる(多数の東京方面からの旅行者について言えば、申請路線を利用するためには、必ず乗換えを要する。)から、なおさらその理由は薄弱となるものといわねばならない。

そうして、本件全立証に徴しても、本件却下処分当時既設交通機関の輸送需要量がその輸送供給力をもつて賄い切れない程多量であるとか、将来急激にその輸送需要量が増加する見透しがある等その他申請路線の輸送需要量増加の原因となりうべき特段の事情を認めることはできない。

被控訴人は、申請路線には相当数の輸送需要があると主張し、沿道市町村の人口と利用率、乗車回数から利用推定人員を算出し、申請路線全区間の年間取扱旅客数を九六、三五三人と推定しているのであるが(甲第一号証の一の七)、本件全立証によつても右利用推定人口がいかなる根拠に基づいて算定されたものか、すなわち沿道市町村人口に対する利用率および乗車回数が果して統計係数として正確なものかどうかを知ることができないから、被控訴人の右主張は採用できない。

また、被控訴人は本件申請路線の設定は全県民の熱望するところであるとして、その実現のために促進期成同盟会が結成され、群馬県議会において早急な免許方促進の援助を求める請願が採択されている旨主張し、成立に争いのない甲第八ないし第一三号証および原審証人木村孝雄、同富沢勝五郎の各証言によると、右促進期成同盟会が結成されて陳情活動をなし、また群馬県議会が被控訴人主張のような請願を採択した事実が認められる。控訴人は右期成同盟会の結成、県議会の決議は被控訴人の政治工作に基づくものであつて、県民の意思を反映したものでないと抗争するが、その点はさておき、たとえこれが県民の意思を反映したものと認められるとしても、その事実のみをもつて直ちに申請路線に輸送需要があるものと認めることはできない。けだし、ここで問題とする輸送需要は、現実に申請路線の輸送対象として予測しうる旅客人員、すなわち有効輸送需要をいうものであるから、その判断は(1)ないし(3)に説示したような諸般の輸送条件を前提として具体的になされなければならないのであるが、申請路線の輸送条件が既設交通機関に較べて相当劣るものであることはさきにみたとおりであるところ、本件全立証によつても、促進期成同盟会の陳情活動および群馬県議会の決議により、申請路線が前叙のような輸送条件の不利にも拘らず、その採算性を維持するに足りる輸送需要を確保しうるゆえんが具体的に明確になつたとは認められないからである。被控訴人の右主張は採用できない。

(5) 被控訴人は、控訴人が本件申請事案の審査にあたり、道路整備の進捗、輸送需要の将来性についてなんら考慮していないのは不当であると主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。なお、これらの事項については、単に本件却下処分当時における状況のみならず、実情に則し将来の事情変更をも予測した判断がなされなければならないことは勿論であるが、本件申請事業の免許を受けた者は、運輸大臣の指定する期日又は期間内に運輸を開始することを義務付けられているのであるから(道路運送法七条一項)、将来の予測といつても自ら限度の存するところ、道路状況についてみるに、当審における検証の結果によつても、申請路線が既設交通機関、殊に一部国鉄列車を利用した場合に較べて、快適度、安全感においてすぐれているものとは認めがたい状況であり、また輸送需要については、本件却下処分後これが顕著に増加したことを認めるに足りる証拠はないのであるが、原審証人国友弘康、当審証人伊東道郎の各証言によると、本件申請事案の審理においてこれらの諸条件の将来性についても右の限度において一応検討されているものであることを認めるに足り、他にこの認定を妨げる証拠はない。

(6) さらに、被控訴人は、控訴人が既設交通機関として専ら国鉄列車を利用する場合をとりあげて申請路線と比較したのは不当であると主張するが、すでに(四)の冒頭において説示したとおり、申請路線が輸送需要に対し適切なものかどうかの判断は旅客の選択が予想されるすべての既設交通機関と比較してなすべきものであつて、本件においては、たまたま一部国鉄列車を利用する方法が最も有利な輸送条件を提供するものであるから、これと比較されたのは当然であり、その取扱いを不当なものということはできない。

被控訴人は、控訴人が他の長距離輸送の申請事案について免許をなすにあたり、国鉄列車との比較をしていない旨主張するが、被控訴人主張の事案において控訴人が殊更国鉄列車との比較を除外したことを認めるに足りる証拠はない。のみならず、成立に争いのない乙第三三号証の二および乙第三四号証の二によれば、運輸審議会は明らかに国鉄列車と比較した上で、答申を行なつていることが認められる。

以上(1)ないし(6)に認定した事実によると、本件免許申請にかかる「事業の開始が輸送需要に対し適切なもの」ということはできないものというべきであるから、控訴人が右免許申請は道路運送法六条一項一号に定める免許基準に適合しないものとした判断は相当と認められる。

(五)  してみれば、運輸大臣は一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請が道路運送法六条一項各号の免許基準のいずれかに適合しないときは該申請を却下しなければならないことは前説示のとおりであるから、本件却下処分は、控訴人が同条一項五号の免許基準についてなした判断の当否について検討するまでもなく、適法になされたものというべきである。

二  (一) 次に、被控訴人は、本件却下処分は当時運輸大臣であつた木暮武太夫が情実関係のある東京急行電鉄株式会社の開発計画の妨げとならないようにとの考慮から事務当局と相謀つてなした不当な動機に基づく違法な処分であると主張するので判断する。

もし右免許基準に適合するか否かの判断が被控訴人の主張するように控訴人の不当な動機に基ずく考慮によつてなされたとすれば、本件却下処分は違法なものとなることも考えられるのであるが、被控訴人の立証その他本件全立証によつても、被控訴人の右主張を肯認するに足りる具体的事実を認めることができない。

もつとも、木暮武太夫は被控訴人の本件免許申請について特別の利害関係を有していたものであることが認められるが(この点に関する当裁判所の事実認定については、原判決一四三枚目―記録一五八丁―表一行目から一四五枚目―記録一六〇丁―表三行目までを引用する。但し、一四三枚目表六行目「同第一五号証」の次に「原審証人国友弘康の証言」を加える。)、右認定のような事情があるという理由のみをもつて、直ちに本件却下処分が控訴人の不当な考慮に基づいてなされた公正を欠く違法な処分と判断することはできず、また被控訴人主張の経歴の萩原栄治が昭和三六年七月群馬バス株式会社の代表取締役社長に就任したことは当事者間に争いがなく、原審証人国友弘康の証言によると、本件却下処分当時の運輸省自動車局長であつた国友弘康が退職後東武鉄道株式会社の常務取締役に就任していることが認められるが、これらの事実によつて、直ちに本件申請事案の審理当時運輸行政事務を担当した職員が、殊更大企業経営の運送事業者の利益を計る意図の下に、被控訴人の本件免許申請の審査につき公正を欠く取扱いをしたものと判断することはできない。

(二) のみならず、道路運送法六条一項一号の免許基準は、事柄の性質上、その前提たる事実の認定とその評価にあたつては専門的、技術的な知識、経験を必要とするものと考えられるところ、かかる事項についての判断の資料収集は当該行政分野を専門に担当し、調査研究の手段を有する運輸省事務当局(運輸省自動車局およびその下部機構、以下事務当局という)において最もよくなしうるところであつて、控訴人は本件申請事案の処分を決定するにあたり、本件申請が右免許基準に適合するか否かについて事務当局に意見を徴することは行政機構上当然のことというべきであるが、成立に争いのない乙第二、第一四、第一五号証、原審証人国友弘康、当審証人伊東道郎の各証言および弁論の全趣旨によると、事務当局においては昭和三一年七月四日運輸大臣が本件免許申請書を受理した後、東京陸運局長において徴取した群馬県公安委員会の道路状況に関する意見、控訴人の指示により昭和三二年一〇月二八日東京陸運局長のなした聴聞の概況報告、昭和三三年三月一七日作成された東京陸運局長の調査書等の進達書類に検討を加え、さらに、本件申請にかかる事業がいわゆる長距離輸送を目的とするものであることから、同種の申請事案との関連にも考慮を払い、その他輸送実績、運行時刻等事務当局固有の各種資料に基づき審理した結果、結局申請路線は既設交通機関に較べて所要時間、運賃、道路状況、輸送需要の点において劣るものであり、その企業性に乏しいとの意見を有していたことおよびこれらの問題点は既に昭和三四年一〇月頃当時運輸省自動車局長であつた国友弘康が楢橋運輸大臣より本件申請事案について、問を受け答弁した際にも指摘していた事実が認められる。以上の認定を左右するに足りる証拠はない。なお、成立に争いのない甲第一三号証、原審証人木村孝雄、原審および当審における証人畑祥一、同被控訴会社代表者岩崎半之助の供述によれば、楢橋運輸大臣は、被控訴人側からの陳情に際し、既設路線に悪影響を及ぼすおそれはないから、断を下すべきである旨発言したというが、かりにそのような事実があつたとしても、右発言は、当審証人宮永偉志男、同伊東道郎の証言に照らし、大臣としての正式な見解の表明であるとは受け取り難い。

(三) さらに、控訴人の本件却下処分は、運輸審議会が控訴人より本件免許申請事案について諮問を受け、審理の結果なした答申決定とも判断を同じくするものである。

運輸大臣が本件一般乗合旅客自動車運送事業の免許申請について処分をしようとする場合には、運輸審議会にはかりその決定を尊重してなすべきものとされているが(運輸省設置法六条一項二号)、右運輸審議会は道路運送法その他の法律によつて運輸大臣に処分の権限があるものとされる一定の事項(運輸省設置法六条参照)について、公共の利益を確保し、公平且つ合理的な決定をさせるため運輸大臣の諮問に応じ当該申請事案につき調査検討を加え、自由な心証により事実を判断して、当該事案についていかなる処分が相当であるかを決定しこれを答申することを任務として運輸省に常置される諮問機関であつて、法がこのような諮問の手続を設けるゆえんは、右免許申請事案については、一般に多くの利害関係が錯綜し、且つその許否の決定の国民大衆に及ぼす影響は重大なものがあるから、このような事案についてなされる運輸大臣あるいは事務当局の判断は特に適正且つ公平でなければならず、殊に政党ないし政治家からの影響を受け、あるいは個人的な利害得失の考慮から歪曲されるようなことがあつては公益目的に著しく反することとなるから、非政党的な合議制の機関である運輸審議会をして、独立、公正な立場において判断せしめ、運輸大臣にこの答申決定を尊重すべきことを義務付け、もつて公正な処分がなされることを客観的に保障しようとするにあるものと考えられる。

それゆえ、運輸審議会は、その構成において、委員は年令三五年以上の者で広い経験と高い識見を有する者のうちから内閣総理大臣が両議院の同意をえて任命すべきものとする(同法九条一項)ほか、厳格な身分保障(同法一一条)、政治的色彩の排除(同法九条四項、五項)、兼業の禁止(同法一四条)、その他一般の諮問機関に較べて一段と高度の公正性と独立性を要求しているのであり、またその審理手続についてみても、積極的に、判断の資料を収集し、意見又は報告を徴する等一定の調査の機能を認めている(同法一三条四号、一七条、二〇条二項)ほか、いわゆる公聴会主義を採用し、運輸審議会において必要ありと認めるときは公聴会を開くことができ、また利害関係人においてもその開催を請求しうるものとし(同法一六条)、且つ、右公聴会においては利害関係人その他一般人は運輸審議会一般規則の定めるところに従い、意見を述べ、証拠を提出し(同規則三五条ないし三八条、四五条、四五条の二等)また、他の公述人に質問することができ(同規則五二条)、就中、事案の申請者に対しては申請の内容および理由について冒頭および最終に陳述する機会を保障する等、公正且つ合理的な判断を確保するための諸手続規定が設けられているのである。

そこで、本件申請事案について運輸審議会の行なつた審理手続について検討する。

(1)  運輸審議会が本件免許申請事案につき、昭和三三年七月二六日運輸大臣より諮問を受け、昭和三四年三月六日自ら主宰する公聴会を開催し、申請者である被控訴人、利害関係人である群馬バス株式会社、日本国有鉄道関東地方自動車事務所、東武鉄道株式会社、草軽電気鉄道株式会社、その他一般公述人の公述を聴取して審理を遂げ、昭和三六年五月三〇日付運審第六六号をもつて、控訴人に対し「草津町と高崎、前橋、伊勢崎、太田の諸都市とを結ぶ交通機関としては、長野原、渋川経由の経路により既設の交通機関の乗継ぎによる方が、申請路線によるよりも運転時間、運賃等の面において便利であると考えられるので、被控訴人による申請区間におけるバス運行の開始は、現状においては、その緊要性に乏しく、被控訴人の申請は、道路運送法六条一項一号および五号に適合しない」との理由で、本件免許申請は却下することが適当である旨の答申をしたことは当事者間に争いのないところであり、右公聴会における被控訴人その他の利害関係人、一般公述人の公述の内容、運輸審議会委員の被控訴人に対する質問の内容その他公聴会当日の模様に関する当裁判所の事実認定は原判決の理由(原判決一一九枚目―記録一三四丁―表六行目から一二三枚目―記録一三八丁―裏三行目まで)に記載されているとおりであるから、これを引用する。

(2)  被控訴人は、運輸審議会は右答申決定をなすまでに二年以上の期間を経過しながら、右判断をなすのに最少限度必要な現地調査すら、自らは勿論、審理官をして行なわせたこともなく、その他なんらの資料収集、当事者の説明の聴取もしないまま、事務当局の本件免許申請を却下すべき旨の意見を聞き、これに追随して右答申決定をなしたものであつて、同決定は独立、公正な立場においてなされたものでない旨主張するけれども、そもそも運輸審議会の任務は運輸大臣の諮問に対し当該申請事案を調査検討し、これに対しいかなる処分をなすことが相当であるかを決定して答申するにあることはさきに述べたとおりであり、本来資料の収集を目的とする調査機関ではないのであるから、前叙のとおり、運輸省設置法によつて運輸審議会に認められている判断資料の収集、調査の権能は、同審議会がその判断のために必要と認める限度において行使すれば足りるものであつて、いかなる方法により、いかなる程度の調査を行なうかは専ら運輸審議会の裁量に委されているものと解すべきである。また公聴会における審理についても同様であつて、その手続は運輸省設置法ならびに運輸審議会一般規則の定めるところに従つて公平且つ合理的に行なわれなければならないことは勿論であるが、それとても司法手続において行なわれるように、事案の争点につき当事者に主張、立証を促し、攻撃、防禦の方法を尽さしめるような厳格な手続が要求されているものと解するのは相当でなく、運輸審議会は、すでに提出された資料ないし公聴会における申請人その他の利害関係人の公述等により心証を形成するにあたり、なお不明確な点があれば、その判断に必要な限度においてこれを釈明し、あるいは証拠資料の提出を求める等の措置を講ずれば足りるものというべきである。申請者その他の利害関係人は、運輸審議会をして自己に有利な心証を形成せしめるために、公聴会において与えられた機会に自己の意見を述べ、証拠を提出し、反対公述人に対し質問をなす等の行為をなしうるけれども、運輸審議会の側から積極的に申請者に対し事案の問題点を指摘して、主張、立証を促す義務を負うものと解すべきではない。したがつて、運輸審議会が本件申請事案の審理にあたり、被控訴人に対し右のような措置をとらなかつたとしても、ただ右の一事でその審理が公正、妥当を欠くものであつたということはできない。

次に、被控訴人は、運輸審議会が本件申請事案の審理をなすにあたつて現地調査をしなかつたことは不当であると主張する。本件申請事案の性質上運輸審議会が現地の状況を把握するのはもとより必要なことであるが、運輸審議会が自ら現地に臨み、あるいは審理官を赴かしめて調査せしめる等の措置は、本来法の義務付けていないところであつて、その調査は運輸審議会が必要と認める限度において前叙の調査機能を行使することによつて行なえば足りるものというべきであるから、運輸審議会がかかる措置をとらなかつたからといつて、ただちにその審理が公正、妥当を欠くものということはできない。

さらに、被控訴人は、運輸審議会が公聴会以外なんらの資料収集をせず、事務当局の本件申請を却下すべき旨の意見を聞いてこれと同じ答申をなしたのは不当であると主張するけれども、成立に争いのない甲第一号証の一の一ないし一〇、同号証の二の一、二、同第五号証、同第四〇号証の一、二、成立に争いのない乙第一五号証、いずれも成立に争いのない乙第一七ないし第二二号証の各二によつて真正に成立したものと認められる乙第一七ないし第二二号証の各一、原審証人青柳一郎、同国友弘康、当審証人宮永偉志男、同伊東道郎の各証言と弁論の全趣旨を総合すると、運輸審議会は公聴会の開催にさきだち、事務当局より被控訴人の提出した本件免許申請書および添付資料、公安委員会の意見書、陸運局長の調査書、その他各公述人から提出された公述書および添付資料を予め検討し、不明確な点につき審理官から説明を求めて問題点を討議し、公聴会において質問すべき事項を審議したのであるが、公聴会が終つた後も二回に亘り、審議のための会合を開き、被控訴人が、新たに提出した資料(甲四〇号証の一)についても検討を加え、なお心証の不明確であつた運行時間、道路事情について事務当局に資料の提出を求め、さらに従来よりの事務処理上の慣例に従い、事務当局に対し本件申請事案についての最終的な意見を徴したことが認められるから、同審議会の審理に被控訴人の主張するような不当な点はない。また、運輸審議会が事務当局の意見を徴することは法の予定するところであつて(運輸省設置法二〇条二、三項参照)、前叙運輸審議会の法的性格および構成に鑑みると、運輸審議会の判断が、右事務当局の意見を徴することにより自由心証の実が失なわれ公正、独立を失することになるものとは到底考えられず、且つ、本件において具体的にそのような結果が生じたことを首肯するに足りる証拠はない。

(3)  また、被控訴人は、右答申決定当時の運輸審議会の委員六名のうち公聴会に関与したのは三名であるのに、当時唯一の判断資料ともいうべき公聴会速記録が紛失していたため、新委員は公聴会の審理内容を知りえなかつた筈であるから、かかる委員が加わつてなした最終審議に基づく答申決定は公正を欠くものである旨主張するので検討するに、原審証人青柳一郎の証言によると、運輸審議会の最終審議に出席した委員は、公聴会に出席した青柳一郎、武田元、加藤閲男の各委員と、新たに交替的に任命された片岡義信、谷村唯一郎、相良千明の六名であつたことが認められるが、公聴会の速記録が紛失し、新委員がこれに基づく検討をなしえなかつたことは当事者間に争いのないところ、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる乙第四四ないし第四七号証(被控訴人は、右乙各号証は時機に後れて提出されたものであるから却下せらるべきであると主張するが、本件訴訟の経過に照らせば、これがために訴訟の完結を遅延させるものとは認められないので、被控訴人の右主張は採用できない。)に、原審証人青柳一郎、同国友弘康、当審証人宮永偉志男の各証言を総合すると、公聴会における公述は、通常予め運輸審議会に提出された公述書に記載された範囲の事項についてなされるものであるが、右公述書および添付資料はその他の関係資料とともに各委員に配布されており、これらの資料は委員の交替の場合一切後任者に引き継がれるものであつて、新委員はこれに基づいて検討をなすことができ、新委員が右資料によつて明確に把握しがたい従前の審理の状況や公聴会における陳述、質疑応答の模様は他の委員や審理官、事務当局係官から説明を受けうるものであり、本件においても新委員はこのような方法により心証を形成し、且つ最終審議にさきだち事務当局に最終的な意見を徴取して判断の資料を収集したものであることが認められ他に右認定を左右するに足りる証拠はない。運輸審議会に要請される手続は、司法機関のなす手続とは異なるのであるから、右の程度の審査で心証をえられればそれで充分であつて、公聴会の速記録が紛失したことが運輸審議会の答申決定の公正の判断を疑わしめる程の障害となつたものとは到底認めることができない。

(4)  右にみたとおり、運輸審議会が本件申請事案についてなした審理手続には、特段の瑕疵は認められない。

(四) しかして、以上認定の事実を総合すると、本件却下処分については、具体的に被控訴人主張のような不当な動機に基づく特別の考慮がなされた事実は認められないばかりでなく、却つて、右処分は事務当局の意見および運輸審議会の答申決定とも結論を同じくするものであつて、控訴人は公正な立場において本件申請事案を審理し、且つ判断したものと認めることができるのである。

三、(一) 次に、被控訴人は、控訴人の本件申請事案の審理は運輸審議会の諮問前においては、東京陸運局長による簡単な聴聞が行なわれたにすぎず、現地調査その他十分な資料の収集も、また、被控訴人に対し必要な主張と証拠を提出せしむべき適切な措置もとられなかつたものであつて、公正な手続によつてなされたものでないと主張するので判断する。

およそ、行政庁が行政処分を行なうにあたつては、事実の認定、法律の適用等の実体的判断はもとより、その手続についても公正でなければならないことは当然であるが、いかなる方法をもつて公正な手続とするかは一概に定められるものではなく、当該行政処分の性質、目的、内容によつてそれぞれ決せられるべき事柄である。

ところで、本件申請にかかる一般乗合旅客自動車運送事業の免許の法的性質は、既に述べたように、公企業の特許であつて設権的な行政処分であり、警察的規制の解除を目的とする行政処分、あるいは国民の権利自由を制限し、剥奪する類の行政処分とは性質を異にし、その処分は当該申請にかかる事業が公共の福祉および国民生活の向上に寄与するに足りるものであるかどうかの判断によつてなされるものであるから、その審理手続は右の行政処分とは自らその方法を異にするものであることは当然である。

ところで、道路運送法は、右事業の免許申請の許否を決定する手続として、所定の道路の構造および設備に関する道路管理上の措置についての道路管理者の意見の徴取(同法一二四条)と、運輸大臣が陸運局長に指示して聴聞を実施せしめうること(同法一二二条の二)のほか、なんらの定めもしていないので、申請事案に対する審理、聴聞の手続、方法については一応行政庁の裁量に委ねられているものと解されるのであるが、前叙本件行政処分の性質、目的、内容に照らして考えると、その審理の手続、方法は、申請者の提出した資料のほか、行政庁においてその判断に必要と認める限度において自らの権限に基づいて調査をなしあるいは資料を収集し、その他固有の知識、経験に基づき、当該申請事案を審理、判断すれば足りるものというべきである。

もとより行政庁の裁量といえども自ら限界が存し無制限なものではなく、これが裁量の限界を逸脱し、あるいは濫用にわたるときは、該手続は違法といわざるをえないのであるが、運輸省事務当局が本件申請事案について行なつた審理は第二、二、(二)において判示したとおりであり、また控訴人が東京陸運局長に指示して聴聞の手続を実施せしめたことは当事者間に争いがなく、その手続の内容は原判決の理由(原判決一一四枚目―記録一二九丁―表五行目以下一一五枚目―記録一三〇丁―表一行目までを引用する。但し、一一四枚目表一〇行目(同ページ一行目)「東京陸運局長」以下同丁裏二行目(同ページ三行目)「単に」までを除き、一一五枚目表一行目(同ページ八行目)「に過ぎなかつた」を除く)に判示するとおりであるが、これらの審理手続においてこれが裁量の限界を逸脱し、あるいは濫用に亘るものと認められるような点はなく、また被控訴人主張の現地調査、主張の補充、証拠の提出等を促がす等の措置は、あくまでも控訴人の裁量の限界内の事柄というべきであるから、控訴人がかかる措置をとらなかつたとしても右審理手続が違法なものということはできない。

(二) ついで、被控訴人は、運輸審議会の本件審理手続は公正で独断に陥るおそれのない手続によつてなされたものでないから、その答申決定に基づいてなされた控訴人の本件却下処分は違法であると主張するので判断する。

運輸審議会の構成および審理手続についてはさきに述べたとおりであるが、その法的性格は運輸大臣および事務当局から独立して設置されている諮問機関であつて、行政庁の意思決定に参与する、いわゆる参与機関ではない。運輸審議会は一般の諮問機関に較べて、その組織、構成、審理手続において格段の公正と独立が要求され、また運輸大臣にその答申決定の尊重義務を課しているけれども、これらは諮問の対象が公共の福祉に関する重要な事項であることに基づき特に配慮されたものであつて、このことにより運輸審議会を参与機関あるいは実質上の参与機関と解することはできないし、また、そのように解すべき法律上の根拠も存在しない。

そうだとすると、行政庁としては諮問機関の答申決定を尊重して行政処分を行なうべきであるけれども、その処分は行政庁自らの意思に基づき決定すべきものであつて、なんら諮問機関の答申決定の拘束を受けるものでないのであるから、仮りに、諮問機関の審理手続ないし判断の内容に違法事由があつたとしても、そのことは行政庁の行政処分自体を違法ならしめるものとはいえない。すなわち、運輸審議会が本件申請事案についてなした審理手続に、仮りに違法事由があつたとしても、控訴人の本件却下処分が当然に違法となるものではないというべきである。

のみならず、運輸審議会が本件申請事案についてなした整理手続が適正なものと認められることは前段判示のとおりである。

してみれば、被控訴人の右主張は採用できない。

四、以上において説述したところは、原審が本件について示した見解とは、多くの点において相違する。当裁判所は、原審の見解に聴くべきものを含んでいることを認めるに吝かでないし、行政庁としても、原審のような見解のありうることに深く留意して、担当の事務を実施するよう期待するものであるが、原審が本件自動車運送事業の免許を憲法二二条一項、三一条を根拠に、本質的には営業の自由の規制にかかわるものとすることは、憲法三一条の解釈上当裁判所の採らないところであり、また、運輸審議会の性格ないし審理手続に関する主張は、立法論としてはともかく、現行法の解釈としてはとうてい左袒することができないのである。

第三、以上の次第で、控訴人のなした本件却下処分は、実体的判断においても、また審理手続上においても、なんら違法なものとは認められないのであるから、その取消を求める被控訴人の本訴請求は理由がない。よつて、これと趣旨を異にし、被控訴人の請求を認容した原判決は失当であるから、民訴法三八六条によりこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三渕乾太郎 伊藤顕信 土井俊文)

別表一

区間

利用交通機関

乗換地

利用交通機関

乗換地

利用交通機関

乗換地

利用交通機関

乗換数

太田―草津

東武鉄道電車

伊勢崎

両毛線

新前橋

上越線

長野原線

長野原

国鉄バス

3

伊勢崎―草津

2

前橋―草津

1

高崎―草津

1

別表二の(一)

申請路線

7.45

太田発

発着時刻(時分)

既設交通機関

17.15

14.54

13.17

10.35

9.17

8.21

伊勢崎発

◎17.27

◎15.29

13.26

10.58

9.35

9.35

◎5.27

高崎発

17.45

15.44

13.45

11.09

9.50

9.50

5.37

新前橋発

19.35

17.40

15.55

13.05

12.05

12.05

7.21

長野原発

20.35

18.45

16.55

14.05

13.05

13.05

8.15

草津着

300

所要時間

245

276

263

255

273

△320

太田~草津

所要時間(分)

260

200

231

218

210

228

△284

伊勢崎~草津

200

188

196

△209

187

△210

△210

168

高崎~草津

225

170

181

190

176

195

195

158

新前橋~草津

註(一) 既設交通機関は、太田―伊勢崎間は東武鉄道電車、伊勢崎―新前橋―長野原、高崎―長野原間は国鉄列車、長野原―草津間は国鉄バスを選択した。

(二) 既設交通機関については、被控訴人の事業計画による運行時間にほぼ対応し、旅客が選択すると推定されるものを記載した。

(三) 太田発は初発のみを記載し、その余の太田―草津間の所要時間については、乙第一号証の六により太田―伊勢崎間が三五分であることが認められるので、乗換時間を一〇分と推定し、四五分を加えて算出した。

(四) ◎印は直通列車を示す

(五) △印は申請路線よりも長時間を要するものを示す

別表二の(二)

区間

既設交通機関所要時間(分)

申請路線所要時間(分)

最少

最大

太田―草津

二四五

三二〇

三〇〇

伊勢崎―草津

二〇〇

二八四

二六〇

新前橋―草津

一五八

一九五

二二五

高崎―草津

一六八

二一〇

二〇〇

別表三

区間

申請路線運賃

(円)

既設交通機関運賃

(円)

差額

(円)

太田―草津

二五〇

二五五

五(低)

伊勢崎―草津

二一〇

二〇五

五(高)

前橋―草津

一九〇

一七五

一五(高)

高崎―草津

一六〇

一八五

二五(高)

別表四の(一)

太田

村田

大根

淵名

伊勢崎

駒形

前橋

新前橋

日高

高崎

榛名町

大戸

吾妻町

川原湯

長野原

草津

粁程(粁)

5.0

9.3

11.4

18.0

26.4

34.0

38.0

39.9

46.0

61.7

84.7

93.3

107.1

113.5

127.26

運賃A(円)

20

30

35

50

70

90

110

110

125

170

205

210

215

220

250

運賃B(円)

15

30

35

55

80

100

115

120

140

185

280

310

365

390

445

B―A

-5

0

0

5

10

10

5

10

15

15

75

100

150

170

195

注、本表(一)ないし(四)を通じ、

運賃Aは、被控訴人が運賃認可申請にあたり設定した運賃である。

運賃Bは、賃率三円、山間割増率〇・三%として計算した運賃である。

但し、山間割増は榛名町、草津間六五・五六粁について適用した。

別表四の(二)

伊勢崎

駒形

前橋

新前橋

日高

高崎

榛名町

大戸

吾妻町

川原湯

長野原

草津

粁程(粁)

8.4

16.0

20.0

21.9

28.0

43.7

66.7

75.3

89.1

95.5

109.26

運賃A

25

45

60

60

80

120

185

190

195

200

210

運賃B

25

50

60

65

85

130

220

255

310

335

390

B―A

0

5

0

5

5

10

35

65

115

135

180

別表四の(三)

前橋

新前橋

日高

高崎

榛名町

大戸

吾妻町

川原湯

長野原

草津

粁程

4.0

5.9

12.0

27.7

50.7

59.3

73.1

79.5

93.26

運賃A

20

20

35

80

170

175

180

185

190

運賃B

10

20

35

85

175

210

265

290

340

B―A

-10

0

0

5

5

35

85

105

150

別表四の(四)

高崎

榛名町

大戸

吾妻町

川原湯

長野原

草津

粁程

15.7

38.7

47.3

61.1

67.5

81.26

運賃A

50

140

145

150

155

160

運賃B

50

140

175

230

250

310

B―A

0

0

30

80

95

150

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